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又々・林美雄を忘れない~年に一度はミドリブタの美声と懐かしさに酔う~ (4)

人はいろいろな形で1年という時の経過を体感する。
一般的には正月だろうし、個別では誕生日だろうか。
年々一層とビミョーになっていく夫婦もそれを結婚記念日に認識するかもしれない。
これらはすべて変化のある1年だ。

命日だと話が違う。
思い出す相手が既に変化のない存在になっているからだ。
新たな関係を作り出すことはできない。

今日7月13日は林美雄の命日だ。
丸6年だから、仏教で言えば七回忌ということになる。
年に1度確実に故人を思い出す。
リアルな世界で思い出されない関係の人よりは重い存在だ。

林美雄、ミドリブタ、約35年前、パックインミュージックという深夜放送で彼がクリエイトした世界は、
自我の確立にもがく青年にはまさにバイブルのようなところがあった。
林美雄を思い出すことは自分の青春時代を思い出すことだ。

多くの人がそうであるように年を重ねて記憶力が鈍っても、
何故か青春時代の思い出は鮮明に思い出せる。
今は2日目前に何を食べたか忘れているのに、
30年前に食べたモヤシそばの大盛りは覚えている。

だから1970年代の林美雄を頭の中で思い出すのはそれほど難しいことではない。
2005年に3日連続で追悼記事を書いた時に、或る方からアプローチがあり
貴重な当時の音源を頂いた。
昨夜はその一部を聴き、その美声と懐かしさに浸った。

1996年の8月に、私は小林千絵ちゃんの紹介で林美雄氏と3人で
六本木の俳優座の傍の焼鳥屋で飲む機会があった。
まさに真夏の夜の夢が叶った2時間半だった。

今思えば、あの時なぜミーハーと思われても一緒の写真を撮らなかったのか、
或いはその飲んでいる時の会話を録音しなかったのかと悔やんでいる。

そもそも私は基本的に写真を撮ることに積極的ではなかった。
絶対忘れられない人間との思い出や旅先での風景は自分の脳内のハードディスクに
しっかりと刻まれて永久保存されると信じていた。
忘れてしまうようなものは所詮その程度のもので淘汰されて然るべきだと考えていた。

それは哲学としては成立しうるが、50歳を過ぎて劣化の著しい脳内ディスクに唖然とすると、
単に大いなる過信だったと気づく。

ミドリブタとナリポンは干支が同じで、一回り上の兄貴分だった。
年の差は常に平行移動するから埋まらないと思っていたが、相手が先に逝ってしまうと
線が1本になってしまう。

12歳の違いが今は或る意味6歳になってしまった。
今後その差をさらに詰めて、上手く健康を維持できれば追い越してしまう。
これは正直、妙な感覚だ。

私が林美雄について書いた記事は今日で5つめになる。

林美雄を忘れない~あの夏の光と影は何処へ逝ってしまったの♪~

続・林美雄を忘れない~愛はいつも束の間、今夜遠く旅立つ♪~

続々・林美雄を忘れない~それは小林千絵ちゃんのお陰だった~

又・林美雄を忘れない~あれから5年、命日には線香一本、花一輪~

このタイトルのつけ方は、團伊玖磨のエッセイ‘パイプのけむり’にあやかっている。
シリーズは全部で27巻、まだまだ余裕一杯だ。

林美雄を語る時に感じるのは、彼をリアルタイムで知らない人に
彼の魅力を伝えることができないもどかしさだ。
遺作と呼べるものが存在しない。

‘そもそも林美雄って何者?’
と聞かれると、大袈裟に
‘彼がいなかったらユーミンは埋もれたままだった’と答えることにしている。




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あの夏の光と影

思ったよりも夜露は冷たく
二人の声も凍えていました
「僕は君を…」と言いかけた時
街の明かりが消えました
もう星は帰ろうとしてる
帰れない二人を残し

街は静かに眠りを続けて
口癖のような夢を見ている
結んだ手と手の温もりだけが
とても確かに見えたのに
もう夢は急がされている
帰れない二人を残し


…高校生の頃 文化祭の打ち上げの後、人生で初めて「好きな女の子と夜遅くなってしまった帰りの道すがら」が思い出されて、酔っ払ってしまった時 最後に歌ってしまったりする。

「石川せり」が結婚した井上陽水と、忌野清志郎が書いた曲。
…これってきっと夜中に大の大人が二人で「ああだった、こうだった」って話しながらギターを持って書いた曲じゃないかって思ってしまう。

林美雄もそうだったんじゃないかって思うんだけど、当時「洋楽」じゃなくて「日本物」で好きだった唄って、状況が目に浮かぶような「言葉」を持っていたんだと思う。
曲は味付けで歌詞が主だったんじゃないかな?
…で、何故か「夜」と「煙草」と「ギター」と「洋酒」が似合う…若かったね、もう 昔かなぁ?

Re:あの夏の光と影(07/13)

hiroponさん
>…高校生の頃 文化祭の打ち上げの後、人生で初めて「好きな女の子と夜遅くなってしまった帰りの道すがら」

この手の感覚はもう2度と味わえないからね。
経験が浅く知らないことが多くしかも感受性が強いあの年代ならではだよね。

>「石川せり」が結婚した井上陽水と、

この結婚はまさにミドリブタが取り持った縁です。

>…これってきっと夜中に大の大人が二人で「ああだった、こうだった」って

真夜中の即興での曲作りは我々二人も負けてなかったじゃん・・・(>_<)

>状況が目に浮かぶような「言葉」を持っていたんだと思う。

シンガーソングライターが生まれた訳だから、どこかで自分語りになっていた。
単純だけど‘池上線’とか好きだったな~。

>…で、何故か「夜」と「煙草」と「ギター」と「洋酒」が似合う…若かったね、もう 昔かなぁ?

あとは缶詰だね・・・(って他の人には絶対わからんね)

Re:又々・林美雄を忘れない~年に一度はミドリブタの美声と懐かしさに酔う~(07/13)

赤塚不二夫の告別式でのタモリの弔文を読んでいて、ふと、ミドリブタこと林さんの事を思い出し「林美雄 お別れ会」と検索したところ、ここにたどり着いた次第です。私も林さんと一回りちょっと年下の元リスナーです。10年くらい前に林さんとお会いになったとのこと。私はパックの最後の頃だと思うのですが、25年くらい前に「京都へ行くので、リスナーの人、●●にきませんか?」との呼びかけに、すっ飛んで行き、当時、林さんが気に入ってかけていた「Tバード」(グループ名)のことを銀閣寺近くの喫茶店で話したことを思い出しました。タモリはじめユーミン・セリ・頭脳警察・邦画ETC・・・私にとって「本当に自分が気に入ったら、流行っていなくても信じること」を林さんから教えてもらったと思っています。今でも、彼のことを気にかけている方が私以外にもやはりいるんだ とうれしくなってつい・・・。

Re[1]:又々・林美雄を忘れない~年に一度はミドリブタの美声と懐かしさに酔う~(07/13)

フルリルさん
初めまして、ようこそ&書き込み有難うございます。

>今でも、彼のことを気にかけている方が私以外にもやはりいるんだ とうれしくなってつい・・・。

この一文を読んで私も大変うれしくなってしまいました。
これぞブロガー冥利というかネット社会の恩恵というか・・・。
‘去るもの日々に疎し’は仕方がありませんが、ミドリブタのように未だに深く心の中で
存在感を発揮できる人物もいます。

赤塚不二夫に因んでいうと実はこの記事の中で‘遺作が無い’と書いた後、
遺作探しをしていました。

‘太陽を盗んだ男’に出演していたのは知っていましたが、
他に‘ザ・レイプ’という作品に出ていました。
そのとき思い出したのが‘下落合焼き鳥ムービー’で、これは当時散々耳にしてはいたのですが、
目にしたことがありませんでした。
去年の暮れにDVD化されていましたが、当地のツタヤやGEOには置いてなく、
某宅配レンタルのお試しコースで入手して観たのが約1週間前のことでした。
ミドリブタは出ていませんがタモリと赤塚氏は出ています。
映画としてはまさにBマイナス級で、何故ショップで取り扱っていないか納得しましたが(笑)、
この鑑賞直後に飛び込んできた訃報には妙な因縁を感じました。

タモリはミドリブタが絡んでその後大物になった一人ですが、彼に限らず
‘原石’の時代の魅力の方が未だに頭の中では印象深いことも多いような気がします。
そう、ミドリブタはその原石発見名人であり、我々はそれに付和雷同していただけかも・・・。

来年の7月13日も何か書こうと思っていますので、またお越しください。


プロフィール

makola

Author:makola
ペンをパンにかえることを夢見た青年は、電話を手にした相場師に・・・
在る時、相場師20年のストレスで心筋梗塞を発症、死の淵をさ迷う。
以来穢土を離れ厭離庵に棲む。

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