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日の丸を背負う‘悲壮感の五輪’から‘楽しむ五輪’への‘違和感’~産経抄から~ (4)

先ずは今日の産経新聞(2月27日付)の‘産経抄’を読んで頂きたい。


とうとう終わってしまったトリノ五輪。フィギュア女子の荒川静香選手のアジア初の金メダルという快挙で終盤は盛り上がったとはいえ、君が代が聞けたのが一回とは寂しかった。

 ▼その一方で、選手たちが「五輪を楽しめました」とあっけらかんとしていたのは、未明からテレビにくぎ付けになり寝不足で出勤していた視聴者としてはちょっと違和感があった。冬季五輪としては最大規模の約二百四十人の役員・選手団を送り込み、目標メダルを五個と言っていた。

 ▼五輪プレッシャーに負けまい、という自己暗示でもあったのだろうが、国民の期待と誇りを背負って参戦しているのだ。納得のいかない成績ならば、もっと闘志をむき出しにして悔しがってほしいというのは間違いか。

 ▼そのなかで、金メダルの荒川選手とともに健闘したものの、惜しくもメダルに届かなかった村主章枝選手が印象に残った。大きな目に涙をためて、バンクーバー五輪を次なる目標に語ったのにはちょっとしびれた。

 ▼はかなげな風情とは裏腹に、強靱(きょうじん)でしなやかで熱い彼女の精神は、個人的に拍手を送りたいもののひとつだ。豊かな表情から「女優」とも言われるが、十六歳のときは表現力が足りないことが悩みだったという。それを自らカナダの著名振付師、ローリー・ニコル氏に直談判して教えを請い、表現力を会得していった。才能面では荒川選手に及ばないことを認める勇気、それでも失わない闘志が美しい。

 ▼闘志といえば難病を克服し、二十七歳で大会に参加したやはりフィギュアのロシアの女王、スルツカヤ選手も燃えるような勝利への情熱を見せ、心に残った。バンクーバーでは村主選手が彼女のような貫禄(かんろく)を見せてくれることを期待しよう。


あの武田薫の糞コラムは余りにも‘暴論’で、一斉に叩かれて削除騒ぎになった。

それでは、この産経のコラムはどうだろう。
‘正論’‘暴論’か?

先ずこの筆者が村主の絶大なるファンであることは間違いないが、
それ以上の‘普遍性’を持つ意見だろうか。

私は個人的には、この筆者にある種のシンパシーを覚える。
まあ、オッサン共通なのかもね・・・(-_-;)

村主に限って言えば、同室でも口もきかないライヴァル関係にあった荒川の金メダル獲得で
悔しさが増幅したかも知れない。

年齢的にはきつい感じもするが、
帰国後の村主は、はやくも次回バンクーバーへの決意をはっきりと示した。

柔道のヤワラちゃんが銀メダルは‘負けてもらえる唯一のメダル’だから嬉しくない、
と言っていたが、村主に限らず岡崎、及川、皆川の4位は、
メダルにあと一歩という意味では最も悔しいポジションと言える。

オリンピックを‘楽しむ’感覚と対峙するものとしては、日の丸を背負った‘悲壮感’がある。

日本語の‘最高の美文’とも言われる、マラソンランナー円谷幸吉の遺書は何度読んでも泣ける。

(略)
父上様、母上様、
幸吉はもうすっかり疲れ切って走れません。
なにとぞお許し下さい。
気が休まる事もなく、
御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。

幸吉は父母上様のそばで暮しとうございました。



彼の死から学んだものが‘進化’しすぎて‘楽しむ五輪’の傾向が強まったのか・・・。

本命選手が期待されて、重責を担い、潰されてしまう場合も多い。

例えばアテネの柔道の井上康生だ。
但し、だからと言って彼を責める気にはなれなかったし、寧ろ同情した。

一方で水泳の北島康介は見事に結果を出し‘チョー気持ちいい~’とやらかし、
プレッシャーに強い新人類(フルッ!)タイプのアスリートとされた。

この産経のコラムニストが具体的には、誰が‘あっけらかん’としていると思い、
それに対して‘違和感’を覚えたのか・・・一部は容易に想像がつく。

実は今回の日本の唯一のメダリスト、荒川静香も試合直後のインタヴューでは
‘オリンピックを楽しみたいと思って滑った’と語った。

それを聞いて、すかさず金メダルアナ刈屋氏が言った。

‘五輪を楽しみたい、と口にする選手がいるんですけれども、
最高に仕上げてきた人が初めて楽しめるんですね。’


そして、解説の佐藤有香も相槌を打つ。

‘そう思います。楽しむというのは、アハハって楽しむのではなく、
今まで作り上げてきたその状態をこの場で出すことができるから
そこで初めて自分が自分で感激をするということ。
そして楽しむということです。’


このふたりのやり取りを聞きながら、私も大きく頷いていた。

それでも選手はまだいい。

選手数より多い‘大役員団’の中にこそ確実に‘オリンピックを楽しんだ’輩は大勢いるだろう。



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なんだかなー

「苦しい練習に耐える」とはいえ、ガレー船の漕ぎ手じゃないんだから、選手というのは基本的にスポーツが好きなのでしょう。ある頃から結果だけにとどまらない競技者の快感を表現してもいいのだという風潮になって、多くの選手が「大舞台を楽しむ」という表現をするようになったのだろうと思います。「声援に応えて頑張ります」も「楽しみます」も、どちらも本心ではあると思うけど、とりあえずパターンで言っているのでしょう。(自分の心理なんてそう的確に表現できるものではない。特に試合後のインタビューなんて)

以前、有森裕子さんだっけか「自分をほめたい」といったら、それが流行っちゃった。(「あれ以来 自分をほめる 馬鹿が増え」という川柳を読んだことがあります)「五輪を楽しむ」も安易に使うのは「なんだかなー」ですけど、「国民の期待と誇りを背負って」るから、もっと悔しがれ、というのも「なんだかなー」。一番悔しいのは本人なんだから傍がわいわい言ってもね。

Re:なんだかなー(02/27)

逸爾散士さん
>とりあえずパターンで言っているのでしょう。(自分の心理なんてそう的確に表現できるものではない)

この分析が大正解ですね。
時々稀にそのへんの表現が上手い人もいるけど、基本的には運動能力に優れていても、
それ以外は並以下でしょうからね。

>以前、有森裕子さんだっけか「自分をほめたい」といったら、

あの発言は、私はけっこう気に入ったのですが。
まあ、予想以上の結果を出したからこそ絵になった訳で・・・。

>「国民の期待と誇りを背負って」るから、もっと悔しがれ、というのも「なんだかなー」。

そう、‘なんだかな~’ですね。
そう考えると、私の記事そのものも‘なんだかな~’の典型ですね(笑)

こんにちは

久しぶりにこのサイトを訪れてみて先月の分なども読んでみて、カーリングでえらく盛り上がっていたんですね。
私自身は大昔カーリングをしたことがあり、自分でするには楽しい競技だが、見るスポーツとしては興味がないので、トリノでは時間で勝負が決まる好きなアルペン、アイススケート中心に見て,カーリングはまったく見ずでした。むしろ、カーリング放送が多すぎて、見たいアルペンが少なくてがっかりでした。
あと、あの「楽しめました」だけはちょっとうんざりの言葉。別に円谷みたいに悩む必要はないが、勝負するためのオリンピックという意識が希薄すぎるのがあの言葉を言わせるんでしょうね。

Re:こんにちは(02/27)

kabumasaさん
>私自身は大昔カーリングをしたことがあり、自分でするには楽しい競技だが、見るスポーツとしては興味がないので、

それはやる喜びを知っているからかな。

>トリノでは時間で勝負が決まる好きなアルペン、アイススケート中心に見て,

そう、みんな基本的には勝負速いですよね。
だからこそ、野球感覚でカーリングを観られたのかも・・・


>あと、あの「楽しめました」だけはちょっとうんざりの言葉。
勝負するためのオリンピックという意識が希薄すぎる

まあそういうことですよね。
だから産経のコラムもそう書いたし、私も共感したし・・・。
プロフィール

makola

Author:makola
ペンをパンにかえることを夢見た青年は、電話を手にした相場師に・・・
在る時、相場師20年のストレスで心筋梗塞を発症、死の淵をさ迷う。
以来穢土を離れ厭離庵に棲む。

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