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親の危篤・訃報でも仕事を優先させるのは‘プロの鑑’か~母の命日に思う~ (6)

今日はお袋の命日だ。

亡くなって5年経った。

仏壇には生前好きだったピンクのチューリップを飾った。
葬儀の時も祭壇の周りに使った筈だ。

昼前にお寺にも行った。
こっちは赤いカーネーションを挿した。

寒い中、久々に歩いたせいか私の体調が芳しくなくなった。
慌てて家に戻ろうとしたが、車の中で休むと落ち着いてきたので、
昼飯はいつもの贔屓にしている蕎麦屋へ行った。

私がお袋と最後にふたりで外食したのは蕎麦屋だった。
駅前のショッピング・ビルの最上階にある蕎麦屋で、
蕎麦屋としては正直二流だがお袋のお気に入りだった。

今でも、ふたりで座った席を覚えている。
大きなガラス窓から市内や遠方の山がクリアーに見渡せた。

お袋が頼んだのは、温かいトロロ蕎麦だった。
元来、食が細い上に既に病魔に冒されていたが、トロロの滑りの良さか丼一杯を平らげた。
自分でも珍しいと感激している様子だった。

だが、その姿が元気な姿の最後だった。

それ以降は、常に病院のベッドにいるお袋にしか会えなかった。
私は死に目に間に合った。
私自身が心臓の病気で毎週病院通いをしていた時期だったが、
親父からの連絡で急遽帰郷し、午後に病院に到着。

虫の息だったが、大声で話しかけると微かに反応した。
或いは、反応したと自分で信じたかったのかも知れない。

その夜、母は逝った。
まるで、私が到着するのを懸命に待っていたようにも思えた。

兄は残念ながら間に合わず、翌日の朝一の飛行機でやってきた。

最近、明石家さんまのお父さんが亡くなった。
さんまは私とタメだ。

さんまは訃報を耳にしても予定通り仕事をこなし、
実際に駆けつけたのは2日後の夜だったらしい。

そういう時に、マスコミが口にするのは‘プロ根性’‘これぞプロの鑑’的な称賛をする。

さんまはお笑いだから益々辛かったかもしれない。

プロスポーツ選手の場合も同様の話を耳にする。
‘ゲーム’の方が‘親の危篤や訃報’より優先されるのだ。

はたしてそれでいいのだろうか、親のそういう状況こそは、
最大のグッド・エクスキューズになっていいような気がするが・・・。

MLBの試合を観ていると、監督・コーチや選手が‘private matters’で欠場する事がある。

近親者の葬式は勿論、結婚式もありだし、子供の学校関係のケースもあった筈だ。

確かにMLBは試合日程も実にタイトだし、仕方が無いのかとも思うが、
どっかで‘個人を大事にする’価値観の違いもあるのではないかと思っていた。

ところがである。
あのロケットこと、ロジャー・クレメンス投手のニュースを聞いて、また別の思いが・・・(-_-;)

去年の9月14日の早朝、アストロズのクレメンスは母親の訃報を聞いた。
その日の先発が予定されていた彼はそのままマウンドに立ち、流石に立ち上がり1失点するが、
結局その1失点に抑え、1ヶ月振りの勝利を挙げた。

日本のメディアは‘亡き母に捧げる340勝目’と称賛した。

まあ、日本人の感性はそうだ。

そこで今日改めて、ESPNのその日の試合評を調べてみた。

"I get my determination from her," Clemens said. "She told me to go to work."

"It was just Rocket being Rocket. He was just adding to his legendary status,"

"You have to know he was in a lot of grief .But he's a pro.,"


何のことは無い、日本と同じだ。
クレメンスは自分がマウンドに立つことを母が望んでいるに違いないと言っているし、
そんな彼を‘プロ中のプロ’と称えている。

観客も初回、マウンドへ向かうクレメンスをスタンディング・オーベーションで迎えたそうだ。

でもね、さんまもクレメンスもまさしくプロ中のプロ。
言っちゃ悪いが、このブログを読んでくれている皆々様とはチョッと違う。
ぶっちゃけ、あなたが数日いなくてもなんとかなる場合が殆どだと思う。

いくら責任感が強くても、もしそういう状況に遭遇したら、最後の親孝行に努めた方がいいと思うよ。

ナヌッ、無職のおまえには言われたくない?

いやいや、病気になって初めて健康のことが分かるように、
無職になって初めて悟る境地もあるんですよ。


そう言えば、その昔休暇欲しさに親戚を殺しまくって奴がいたな。

‘おまえ、なんで葬式でそんな日焼けしてんの・・・(-_-;)’

さすがに言葉に詰まっていたが、どうせなら

‘火葬場に長いこと居たから・・・’

とでも答えればよかったのに・・・(-_-;)




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Re:親の危篤・訃報でも仕事を優先させるのは‘プロの鑑’か~母の命日に思う~(02/08)

親の最期を見取るって年寄りを持つ身になると考えさせられることですね。何時かはやってくることだから…。私は近い肉親を見送ったことが無いので、自分がどうなるか想像ができず、最近不安になることがあります。
プロ中のプロか~、今は個人を優先する時代なのかと思っていましたが…☆

こころの問題

スポーツに疎いわたし。昔、バース選手だか誰か坊やの病気で帰国しませんでしたっけ?
家族の一大事を優先するのは当然だと思うけど、アメリカなどでも「Show must go on」と個人の悲しみ、苦しみを抑えて仕事に没頭するエンターテイナーなどもいそうですね。その人にしか判断できないから、どっちがいいかの問題ではないのでしょう。

タレントさんの場合は番組の仲間に迷惑をかけたくない思いもあるのでしょうか。何百万人の視聴者の中には、やはり肉親が重病の人がいて、さんまの番組に慰みを見出しているとしたら、看取りに駆けつけないのも深い思いかなと思ったりもします。

こういうときに「個人の心の問題」というのじゃないかなあ。過剰に美談に仕立てるのはいささかどうも・・・。

Re:親の危篤・訃報でも仕事を優先させるのは‘プロの鑑’か~母の命日に思う~(02/08)

う・んまい!♪
親がこの世にいなくなって、はじめて個人の個というものがわかるのかも。
親…人はありがたいものですね(・・)(。。)

Re[1]:親の危篤・訃報でも仕事を優先させるのは‘プロの鑑’か~母の命日に思う~(02/08)

はばたき☆さん
>親の最期を見取るって年寄りを持つ身になると考えさせられることですね。

考えることなく尽くす気持ちを意識的に持てばOKでしょ。

>私は近い肉親を見送ったことが無いので、

私は二人見送りました。

>自分がどうなるか想像ができず、最近不安になることがあります。

親父のほうは一緒に生活してたからずっと見てられたけど・・・
癌だったので、ジワジワで段々と覚悟を決めていく感じでした。

>プロ中のプロか~、今は個人を優先する時代なのかと思っていましたが…☆

中途半端な奴が個人優先なのかも・・・

Re:こころの問題(02/08)

逸爾散士さん
>スポーツに疎いわたし。昔、バース選手だか誰か坊やの病気で帰国しませんでしたっけ?

スポーツには詳しいはずですが、はっきりとは覚えてはいません。
誰かそういう外人選手が居たような気がしますが・・・

>家族の一大事を優先するのは当然だと思うけど、どっちがいいかの問題ではないのでしょう。

そう思います。

>こういうときに「個人の心の問題」というのじゃないかなあ。過剰に美談に仕立てるのはいささかどうも・・・。

激しく同意です。
兎に角何でも画一的な型にはめる傾向があって、それがどうも気に食わないですね。
特に陳腐を嫌う私としては・・・。

Re[1]:親の危篤・訃報でも仕事を優先させるのは‘プロの鑑’か~母の命日に思う~(02/08)

きまてふさん

>親がこの世にいなくなって、はじめて個人の個というものがわかるのかも。

よく言われることですが、自分の子供が出来て初めて親の有り難味がわかる。
そして親を亡くしてさらに実感できる。

我が家の息子を見ていると永遠にそんな日は来ないような気がしますが・・・(-_-;)
プロフィール

makola

Author:makola
ペンをパンにかえることを夢見た青年は、電話を手にした相場師に・・・
在る時、相場師20年のストレスで心筋梗塞を発症、死の淵をさ迷う。
以来穢土を離れ厭離庵に棲む。

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