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人生50年大晦日の歴史~12月31日深夜の寝台特急で同窓会に集まった職業は?~ (4)

私が子供の頃は、今の子供達と違って夜更かしの習慣が無かった。

それが、何歳だったか記憶は定かではないが、初めて12時過ぎまで起きて
除夜の鐘を耳にしたのは、結構遅かった。

2年続けて、睡魔に襲われ失敗していた。
元旦の朝に起きて、お袋に‘なんで起こしてくれなかった’
と八つ当たりすると、‘何度も起こしたよ’と言い返されていた。

他のことならば、いくらでも取り返しがきくが、何しろ除夜の鐘は1年待ちだから、
自分でもやりきれない。
おまけに、次の年もやっぱり失敗してしまった時には、相当落ち込んだものだ。

そして、ついに初めて生の鐘の音を聞いたときは達成感を味わったが、やはり直ぐ寝てしまった。

中学以降になると、真夜中に友達と初詣に出かけるようになった。

一年中で唯一‘夜遊び’感覚を堂々と味わえる貴重な時間だった。

‘盆と正月’と言うが、子供の頃は、まさにそのふたつが毎月の小遣い以外の
‘臨時収入’に恵まれる数少ない機会だから心が躍ったものだ。

‘もういくつ寝るとお正月♪・・・はやくこいこいお正月♪’
という童謡があるが、別に凧を揚げたり、コマを回したりするのはいつでも出来る訳で、
欲しかったのは‘お年玉’だったのだ。

‘たしかに我が家の愚息も今日は妙にイイ感じだった’

大学を卒業して、銀行に勤め始めたが、まだあの頃は、土曜日も半日働いていたし、
年末も31日まで出勤していた。

銀行員1年目も31日まできっちり働き、冬のボーナスで両親のために買った、
カーディガンとマフラーをバッグに詰め込んで、その夜の寝台特急で帰省した。

列車の通路の折りたたみ椅子に座って、ビールを飲んでいると高校の同期に何年振りかに遭った。
入った大学は知っていたが、就職先は知らなかった。

尋ねると、やはり某都市銀行だった。

で、ふたりで酒盛りを始めていると、またひとり同期が現れた。

仕事を尋ねると、これまた某都市銀行だった。

そして、もうひとり(私は顔と名前は知っていたが話したことはなかった)が現れた時は、
もう疑うことは無かった。

案の定、某信託銀行員だった。

別に全車両をチェックした訳ではないが、同期の連中で遭ったのが全員、
銀行員という‘必然’に苦笑した。

もし、飛行機の中でスッチーが医者を探すように、
‘お客様の中に、銀行員のかたはいらっしゃいませんか?’とやったら、
もっとゾロゾロ現れていたに違いない。

当時は、帰省といえば時期が集中し切符を確保するのも大変だったが、
電車の中で新年を迎える寝台車は人気がなく、簡単に切符が取れた。

ナヌッ!
そんなに銀行員ばかりが乗っていた乗り物は寝台車じゃなく‘護送船’だったんじゃないかって?

確かに、そんな時代でしたなぁ(笑)

それでは、みなさん、良い年を!




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ベル エポク

なりぽんさん、よいお年を。
護送船のギャグ。今となってはホロニガ系ですね。
子供の頃は、テレビの放送時間終了のテーマを見るのがすごい非日常体験でした。NHKは昔から日の丸だっけな。日テレは鳩が三羽だったよね。

Re:ベル エポク(12/31)

逸爾散士さん
>なりぽんさん、よいお年を。

逸爾散士さんも・・・(^o^)/

>護送船のギャグ。今となってはホロニガ系ですね。

また正式に菱東UFJが誕生しましたが、銀行が破綻し、こんな大合併があるとは
ゆめゆめ思ってませんでしたね。

>子供の頃は、テレビの放送時間終了のテーマを見るのがすごい非日常体験でした。

確かに、そうですね。
その分よく寝ていたのでしょうか?
昨今のキレやすい子供の原因のひとつに睡眠不足もあげられていますが・・・

仕事納め

私が勤務しているリネンサプライ工場は、
大晦日が仕事納めで、
1月3日が仕事始めとなっております。

Re:仕事納め(12/31)

人間辛抱さん

まあ職種によって色々ですよね。
今や初売りも元旦が一般化しつつありますし・・・。
プロフィール

makola

Author:makola
ペンをパンにかえることを夢見た青年は、電話を手にした相場師に・・・
在る時、相場師20年のストレスで心筋梗塞を発症、死の淵をさ迷う。
以来穢土を離れ厭離庵に棲む。

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