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今は昔、星一徹と飛雄馬という父子がいた~つねに遠まわりを選べ~ (4)

今週末は妻がいない。
毎年2度、彼女の最大の趣味であるコントラクト・ブリッヂの大会に参加するために
泊りがけで出かけるのだ。

家に残された父子には試練の時だ。

初日の夕飯はいつも鍋物だ。
材料さえ準備しておけば、手間が掛からないのが利点だ。

普段は、親と別にリビングで食事をする息子も、鍋物やホットプレイトの時だけは、
否応無しに、同じ食卓につく。

彼自身から何かを話すことはない。
それでも、以前は話しかけられれば、最低限の返事はしていた。
それが今は、ろくに返事もしない。
しても‘しらねぇ’‘きまってるだろ’‘うぜぇ’の類だ。

当然、おとなたちも次第にディスカレッジされて話しかけなくなってくる。
話しかけるとしても、堪え切れずに発する‘小言の類’だけだ。

そして、そういった‘小言’‘注意’によって、彼の心はより捻じ曲がる。

別に我が家の愚息に限った事ではない。

「勉強しろと注意され…」12歳少年、母親を殴り殺す(大阪)

もはやニュースヴァリューが無くなるのではないかと危惧してしまうほど、
同種の事件が頻発している。

いまどき無いものねだりだとは承知しているが『巨人の星』の名場面のひとつを思い出す。

早速、納戸にある段ボール箱から文庫を探し出してきた。

飛雄馬
「あれは・・・おれが小学5年生の冬だったっけ・・
あのころ、毎朝10キロのランニングがおれの日課だった。
はく息もこおりつき、耳も鼻ももげそうなそんな2月の早朝だった。
霜でかちかちの道を走りつづけていると、ゆくての道が3本にわかれた
地点にさしかかった。
その真ん中の道が、とうちゃんのきめたいつものコースだった。
ところが、そこは工事中ででっかい深いあながほられ、
通行止めになっていた。
そして、右の道は近道、左の道は遠まわりだった・・・
つい、おれは右の近道をえらんだ。
最初から近道をえらんだわけではなく、きめられたコースが
通行止めだから遠まわりよりは近道をえらぶのが
これは、寒い朝の人情だ・・・

近道の終点に、とうちゃんがいた。
ものもいわずになぐりとばされた。
鼻血にそまり、ぶったおれてもなおけりまくられた。

鬼に見えた。
その時、鬼はさけんだっ。」

一徹
「飛雄馬よ!!
きめられたコースが通行止めだったなんぞはいいわけにならん。
なぜ、遠まわりをえらばん!?
つらい苦しい遠まわりをえらんでこそ、おのずと成長がある!
これからの人生においても、野球人生においても
ゆくてに障害のあるときは、つねに遠まわりをえらべ!!

二度と近道をえんらんでみいーっ
そのときかぎり、この星一徹の子ではないと思えっ」


飛雄馬
「霜の道にほおをうずめて見た、
あの朝の日の出の美しさもわすれられん」


崖から突き落とす勇気など無い父と、崖から落とされるなんて考えてもいない子が
6ヶ月に一度、まるで‘定期点検’のように、ふたりきりでほぼ無言のまま鍋をつっつく。




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Re:今は昔、星一徹と飛雄馬という父子がいた~つねに遠まわりを選べ~(10/22)

無言の鍋ですか。でも無言でいられるってのは、それだけ心が近い証拠かもしれません...
うちも父とは喧嘩(悪態)以外にはほとんど口をきかないんですけど、まっ、大事な人だとは分かってます、はひ。でも、絶対にそんな態度しないけどね。変に優しくすると老けちゃうんじゃないかと思ってさぁ ヾ(;´▽`A``

こういう話題は…

自分の出番だと、久しぶりにしゃしゃり出てきました。
親の心子知らず、親孝行したいときには親はなし、さればとて墓に布団もかけられず…。
と、あまりにもベタな譬えですが、子供とは際限なく金のかかる生き物であるという、冷厳な事実とともに、自分が人の親になって初めて実感するアフォリズムですね。
まあ、テメエが父親に対してやって来たことのしっぺ返しだとでも達観しないと、とてもじゃないが人の親なんかやっていられません。

ところで『巨人の星』、私が大学生だった70年代初期、毎週木曜日に“少年マガジン”“少年サンデー”が発売され、出入りの喫茶店で『明日のジョー』とともにむさぼるように読んだものでした。
ある日、いつものように読みふけっていると、同じ大学の某が「あ、もう届いてるんだ」と一言叫ぶなり、私の読みかけのホンをスッと取り上げ、離れた席で読み始めたのです。
当然のようにその場でボコってやった…と言いたいところですが、あまりの理不尽な事態に一瞬固まって、怒りを爆発させるタイミングを逸してしまったあの悔しさと言ったら。
考えてみれば、あれが本気で人を殺したいと思った最初の経験かもしれません。ヽ(´▽`)/

Re[1]:今は昔、星一徹と飛雄馬という父子がいた~つねに遠まわりを選べ~(10/22)

たる坊さん
>無言の鍋ですか。でも無言でいられるってのは、それだけ心が近い証拠かもしれません...

おぉ、さすがたる坊、気を遣ってくれちゃって・・
でも、ちょっと当ってるかもと考える。

ホントに嫌だったら、鍋とはいえ都度取りに来て、離れた所で喰うことも出来る訳で・・・

あと、今朝見たら、ちゃんと食器を洗ってあった。

>まっ、大事な人だとは分かってます、はひ。

人間、年齢を重ねると解ってくるよね、ほへ。

Re:こういう話題は…(10/22)

桃色吐息楼主さん
>自分の出番だと、久しぶりにしゃしゃり出てきました。

よくぞ、しゃしゃり出てくださいました(笑)
これから半年は野球ネタもなく、‘こういう話題’が増えそうなので、引き続きよろしくお願いします。
毎日どうやって埋めていこうか悩みそうです。

>自分が人の親になって初めて実感するアフォリズムですね。

私は自分が親になってしまってからは、自分でいうのも何ですが、
極自然に親孝行になりました。

田舎に戻ったのも母が逝った後の親父の面倒をみるのが大きな動機でした。
自分の息子が将来そうなりそうな気配は全くしませんが・・・
別に孝行されなくても、彼自身がきちんと独立した人間になってくれればそれでいいんですが・・

>ところで『巨人の星』、私が大学生だった70年代初期、

やはり、微妙に大先輩ですね。
私は単行本と日テレのアニメの再放送の嵐の中で心酔していきました。


プロフィール

makola

Author:makola
ペンをパンにかえることを夢見た青年は、電話を手にした相場師に・・・
在る時、相場師20年のストレスで心筋梗塞を発症、死の淵をさ迷う。
以来穢土を離れ厭離庵に棲む。

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