スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

続々・林美雄を忘れない~それは小林千絵ちゃんのお陰だった~ (22)

ナリポンは、お気に入りの日記にもある、
タレントの小林千絵ちゃんと友達だ。
当時ニューヨークに住んでいた共通の友人を通じて知り合った。

初めは、その友人が帰国した時に3人で会うだけだったが、
そのうち千絵ちゃんとふたりでも、逢うようになった。

そう、ナリポンのつきあいの基本、ツーショットでカウンターが
実現したのだ。
彼女とは、初対面の頃から、‘会話’が成立した。
こういう、会話のセンスは私にとっては極めてキーになる要素で、
そういう人間が相手だと、
おまけに、お互いの未知の部分が多いときているから、
会話がエンドレスに続く。

実際、逢う頻度は高くはなかったが、一旦逢うと、深夜、
或いは明け方まで話し込んでいた。
10時間飽きずに話せる相手というのは、私の人生でも、
そう多くは居ない。

で、ある時、千絵ちゃんの携帯が鳴って、彼女は席を外した。
戻ってきた彼女は、

‘ごめんなさい、前に一緒に仕事をしてたTBSの人から・・・’

で、なんていう番組?とか話をしているうちに、私は驚嘆した。

‘えっ、林美雄ってあのアナウンサーの?’
‘知ってるの?’
‘知ってるなんてもんじゃないよ。深夜放送の大ファンだったよ’


実際、林美雄と小林千絵は94年~95年TBSラジオ
‘午後はどーんとマインド’(月~金曜午後1~4時)で
一緒の仕事をしていた。

その話を聞いて、私は、そわそわし始めた。
それまで、千絵ちゃんが斎藤慶子、生稲 晃子、高橋ひとみ、等の女友達の話をしても、
びくともしなかった私が、言わば‘自戒’を忘れて、呟いてしまったのだ。

‘林美雄か、是非一度でいいから会って飲んでみたいなぁ’

それから、間もなく、私の夢は実現する。
96年の8月だったと思う。

全員に近いということで、全日空ホテルの地下で待ち合わせた。
どこで飲むかについては、予め私が、7~8軒の候補を、カードに店の特徴と共に書いて、
林氏に見せた。(←A型ナリポンらしいね)

彼が、選んだのは、俳優座の側の焼き鳥屋だった。
一本一本、実に丁寧な仕事をする店で、ささみをレアに焼いて本わさを載せる奴がウマい。
ワンメーターのタクシーの中で、こりゃあ、‘下落合焼き鳥ムービー’じゃなく、
‘六本木焼き鳥ムービー’だなと洒落ていた。

店について、コの字型のカウンター席の角を占拠、千絵ちゃんを挟んで3人座った。
千絵ちゃんが改めて、私のことを紹介してくれたが、

‘銀行員らしくない格好だね’

の一声(←どっか、ネガティヴ・トーンなんだよね)

確かに、当時まだ余りポピュラーではない、マオカラーのジャケットを着ていた。

‘外資系だし、ディーラーだから・・・’

千絵ちゃんがフォローを入れるが・・・

林氏は久々に会った千絵ちゃんとしきりに話したがっていた。

私は、話に加われないまま、林氏の顔をずっと見ていた。

思えば、この人の声はさんざん聴いていたが、顔を見たことは、
一時期、松崎しげると西田敏行が即興で歌うTV番組(←今日調べたら、‘ハッスル銀座’)の
司会をしていた時しかないんだ。

パックの中では、たしか、自称‘村野武範似’だと言っていたと思う。
(右上の写真をみれば一応納得か)

目の前の林美雄は、事前情報の通り、両切りのショートピースを上手に吸ってはいたが、
もうオジサンの風情だった。(下の写真の通り)

しきりに、全国各地の競輪場巡りについて話していた。

千絵ちゃんは、相変わらず必死になって、話を振ってくれていた。
林氏もひとしきり、千絵ちゃんとの話も終ったせいか、或いは流石に所在無げにしている
私に気を遣ってくれたのか、耳を傾けてくれた。

‘あなたのお陰で、どれだけ多くの若者が感化されたか’を語ろうとも思ったが、
そんなのは今までに、うんざりするほど聞かされてきたに違いないと思い、
ミドリブタパックを最初に降板した時の、エンディングを再現してみせた。

あなたの最後のパックイン、番組のエンディングに向けて、あなたが歌った。

『回転木馬』

ぐるぐる回る  回転木馬~♪
いつでも世界が  祭りの様に
陽気に回って  愉快にさせる
回転木馬は、ぼくらのことさ~♪

当時の自分には予想外の選曲だったが、あなたの声が次第に涙声になって
私も、しまいにゃボロボロ泣いていましたよ。



‘あぁ、そんなこともあったなぁ’

自分も忘れていた20年以上前の出来事を再現されて、少し感慨深げだった。

さらに、ひとまわり上の先輩に向かって、私は大胆にも或いは不遜にも言い放った。

‘私も、振り返ると、一番必死に仕事をしたのは27~33歳のあたりです。
あの頃頑張った遺産で、その後はやっているようなもんです。’

‘ディーラーも年をとって偉くなった人は、自分では相場を張らずに部下の管理が
仕事になるんですよ。でも、林さんもそうでしょうけど、やっぱり現場ですよね。’


実際、当時の彼は、管理職でデスクワークが中心、レギュラーの番組も、千絵ちゃんとのが最後で、
その後は持っていなかった筈だ。

彼は、若造の生意気な言い草に、特に言葉ではコメントしなかったが、
勝手な自己解釈では、目は相槌を打っているような気がした。

店に居た2時間弱の時間で、私がまともに参加できたのは、30~40分かな。

高くは無い勘定を私が済ますと、彼は

‘じゃあ、次回は、ぼくが赤坂の餃子屋で・・・’

と言ってくれた。

店を出て、彼と別れた後、千絵ちゃんと飲みなおした。

‘ごめんね、なんか、がっかりしたでしょ’

彼女は、まるで、愛想の無い亭主を持って困っている奥さんのように謝罪した。

‘とんでもない、青春時代の憧れの兄貴分に会えて、本当に嬉しかったよ。
どれくらい感激しているかは、彼にも千絵ちゃんにも想像できないと思うよ。
だって、俺も自分でわからないくらいだから(笑)
いやぁ、これも千絵ちゃんのお陰だ。知り合えて良かったよ。’




今日、一応ブログで、実名を出す事に仁義を切ろうと思い、久々に千絵ちゃんに電話してみた。

‘全然問題なしで~す’

ついでに、ネタ探しもした。

一緒に、飲みに行った時に、こう言われたそうだ。

『今はこうだけど、昔は‘かみそりヨシオ’と呼ばれてたんだぞ。』
『俺に触ると、怪我ずるぜ、ってね。』


若い頃は、ブイブイ言わせてたのか、
いや、ミドリブタだからブヒブヒかも(笑)

あと、恐怖のハシゴ酒で店を転々とする癖があったらしい。
で、飲むとけっこうベロベロになるらしい。

それから、50の手習いではないが、日本舞踊を習い始め、
発表会で息子さんと一緒に踊ったそうだ。


ところで、命日に合わせて3日連続で、林美雄を取り上げたけど、過去2日の反応はイマイチだね。
アクセス数は普段と変わらないというか、寧ろ多かったりするのだが・・・。

トラバ相手を探しても、見つかんないし、あれだけの存在でも3年経つと、
こんなものかとチョッとガックシだったなぁ。

或いは、ミドリブタ世代とブログ世代とは合致しないのかな。

因みに、2000年代のカリスマって誰かいるの?

林美雄

ぶっぶ~ (´・ω・`)




スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

声と「実物」

 反応がいまいちなのは、深夜放送世代がブログ世代に少ないからでしょうか。でも、大向こうに受けるよりもひそやかにつながる記憶の方がいかにもこの黒いインターネット空間にふさわしい気がしますけどね。
 ところで、林美雄氏も小林千恵さんも知らない私ですが、会見記を読む限り、よく、そんな対応されて失望しなかったのだなあと、逆にNariponさんの鷹揚さと故人への忠誠心に感心しています。故人には申し訳ないけれど、そして、思い出に水をさすようだけれど、今日のブログに関する限り、その型は、「典型的マスコミ人」に受け取れてしまいました(ごめんなさいね)。もちろん、オンとオフでは違って当然なので、悪くいう気はまったくないのですが。むしろ、出会えたことをいまだ大事に思っているナリポンさんの姿勢の方に、私はある種の律儀さを感じます。
「2000年代のカリスマ」は、やっぱり、今切ないほどに何かを求めて、「声」を探している若者(まだ地方にはいるかな・・・)に聞かなくては!
 個人的には、深い声をもっている人に魅力を感じますね。

Re:続々・林美雄を忘れない~それは小林千絵ちゃんのお陰だった~(07/13)

ご来訪ありがとうございます。私もミドリブタ世代!林美雄さんは全くもって私の源流に当たる人で多大なる影響を受けました。TBならびにLINKさせてください。よろしくお願いいたします。

Re:続々・林美雄を忘れない~それは小林千絵ちゃんのお陰だった~(07/13)

「一緒に、飲みに行った時に、こう言われたそう  だ。


 『今はこうだけど、昔は‘かみそりヨシオ’と呼 ばれてたんだぞ。』
 『俺に触ると、怪我ずるぜ、ってね。』


 若い頃は、ブイブイ言わせてたのか、
 いや、ミドリブタだからブヒブヒかも(笑)

 あと、恐怖のハシゴ酒で店を転々とする癖があっ たらしい。
 で、飲むとけっこうベロベロになるらしい。」


これって今の僕らが同じ様な状況だなぁ。
たまに口説きモードに入ったりして、昔はブイブイ言わせた様な事は言うけど、今はカラッキシってのかな…、何か思いっきれないって言うか。
結局は、誠実なオトナって言うか、オヤジって言うか、話し好きの酔っ払いって言うか、でも女好きって言うか、なんて言うか…。

はぁ~ッ。

はじめまして

某巨大掲示板から誘導されて来ました。
私にとって深夜放送は「オールナイトニッポン」や「セイヤング」ではなく「パックインミュージック」でした。
TBSの局アナがやっていた二部では桝井論平の水曜日と林美雄の金曜日は必ず聴いていました。
金パ二部ではユーミンを始めとするアーティストはもちろん。邦画の面白さも教えてもらいました。
「パセリと野の花」はウチのどこかに今でもあるはずです。
林氏との邂逅があったとのこと。羨ましいかぎり。桝井氏とは以前お目にかかったことはありますが。

懐かしさのあまり、取り留めのないことを書かせていただきました。
失礼しました。

Re:続々・林美雄を忘れない~それは小林千絵ちゃんのお陰だった~(07/13)

ズボラな私ですが久々にパソコンを開け、ナリポンのブログを覗いてみました。懐かしいなぁ~美雄さん!よく写真見つけましたねぇ。私が知っているのは上部の写真“カミソリ美雄さん”の方ではなく、下部の写真の“本当にミドリブタになってしまった美雄さん”の方ですが、その笑顔を見ていると一緒に仕事をした日々や飲んだ日々が懐かしく甦ってきました。まわりに媚びないからたしかにぶっきらぼうなところはあったけど、実はテレ屋で優しい人だったなぁ~と思い出します。
亡くなってしまうとやはり忘れていってしまうのですねぇ。私も日々の雑事に追われ、命日をすっかり忘れてしまっていたのですが、ナリポンのおかげで思い出す事が出来ました。ありがとう!
スポットのあたってない所にスポットをあてる…ナリポンらしいですね。反応なんていいじゃないですか。今、ここで美雄さんのことをブログに載せたことに意味があると思いますよ。
ちなみに私は千恵じゃなくて千絵ですからぁ~、残念!

ナポリンさんありがとう

 林美雄 1943年(昭18)8月25日、東京生まれ。都立第三商高を卒業し三菱地所に入社するが、2年間で退職し早大法学部へ。アナウンサーになるために大卒資格が必要だったのが理由。67年4月、TBS入社。
 高校時代(1961年)NHK全国放送コンテストアナウンス部門第一位。
 氏の死を後で知った僕は必死でネットの林さんを追っかけた。パックの録音もいくつか手に入れ聞いてみた。林さんのエピソードも読んでみた。ナポリンさんの話も読んだ気がする。新聞記者の砕傷記事もあった。長峯さん金平茂紀氏らの文章も読ませていただいた。あの頃林パックを聞いていなかったら物の見方は今と違ってっていただろうと改めて思う。

 

Re:声と「実物」(07/13)

still in seventiesさん

あなたが彼を知っているうえで、何らかの批判を行うのは甘受しますが、
知らない人を、‘典型的なマスコミ人’などと括られると、
彼を敬愛していた人間としては、正直不愉快です。

相手に充分に価値があると認めれば、私は、鷹揚にもなるし、忠誠も示すし、
律儀にもなりますよ。

逆に、そうなることが、自分らしいと誇りに思っています。

Re[1]:続々・林美雄を忘れない~それは小林千絵ちゃんのお陰だった~(07/13)

CAT-Oさん
>私もミドリブタ世代!林美雄さんは全くもって私の源流に当たる人で多大なる影響を受けました。

生き方を云々までは影響されなかったけど、世間がA級、B級を決めるのではなく、
自分の基準を明確にもって決めることが大事。

日記にも書きましたが、私が初めて買ったLPは山崎ハコです。
あの時代だけで、その後は追っかけていませんが。

Re[1]:続々・林美雄を忘れない~それは小林千絵ちゃんのお陰だった~(07/13)

hiroponさん

>これって今の僕らが同じ様な状況だなぁ。

まあ、私は身障者ですから・・・
身障者がブイブイ言わせてたら、認定とりけしでしょ。

>結局は、誠実なオトナって言うか、オヤジって言うか、話し好きの酔っ払いって言うか、でも女好きって言うか、なんて言うか…。

私も、病気前はそんな感じでした。
平成の寅さん、ってな感じで・・・

ブイブイは言わせられなかったけど、ヘイヘイくらいは・・・

Re:はじめまして(07/13)

Fever Pitchさん
>某巨大掲示板から誘導されて来ました。

来てくれて有難う。
いやぁ、ブログには余りナカーマがいなそうなので・・・
宣伝に走っちゃいました。

でも、あのスレも先月たったばかりなんですね。
3年前は、それなりに‘活況’だったんですけどね。

>TBSの局アナがやっていた二部では桝井論平の水曜日

桝井氏は聴いたことないんです。
ただ、リスナーのひとりでモノマネの上手い人が作ったテープは散々聞かされた覚えがあります。

>林氏との邂逅があったとのこと。羨ましいかぎり。

自分でも、極めて貴重な思い出です。
彼が亡くなってしまったことで、更に貴重になったような気もします。

>失礼しました。

いやぁ、嬉しかったです。

Re[1]:続々・林美雄を忘れない~それは小林千絵ちゃんのお陰だった~(07/13)

懐かしい…さん

>上部の写真“カミソリ美雄さん”の方ではなく、

どう、こっちのヨシオさんは?
惚れる?

>その笑顔を見ていると一緒に仕事をした日々や飲んだ日々が懐かしく甦ってきました。

髪の爆発振りがなんともなんですが、笑顔なのは、今見ると救われます。

>私も日々の雑事に追われ、

それって、俺へのイヤミかい!

>スポットのあたってない所にスポットをあてる…ナリポンらしいですね。

そうそう、らしいでしょ。
でも、松井の記事が一番多い(笑)

>反応なんていいじゃないですか。今、ここで美雄さんのことをブログに載せたことに意味があると思いますよ。

その通りです。
きょうになって、色々と関係者っぽい人とか、熱狂ファンだった人とかもポツリ、ポツリ
現れてきてくれたし・・・。

でも、来年はどうしようかな(笑)

Re:ナポリンさんありがとう(07/13)

ナカナカナンカァさん

> 高校時代(1961年)NHK全国放送コンテストアナウンス部門第一位。

一旦勤めて、早稲田行ったのは知ってたけど、これは知らなかった。
じゃなきゃ、当時の就職事情は知らないけど、中々採用になんないですよね。

> 氏の死を後で知った僕は必死でネットの林さんを追っかけた。

私も、やりましたよ、3年前。
みんなの書き込みを読みながら、正直ボロボロ泣いてました。
‘おまえも、そうか~’みたいな感じでね。

>ナリポンさんの話も読んだ気がする。

えーと、‘パックを語ろう’に2件書き込みました。
ハンドルネーム、厭離庵で・・・

内容は、今回日記に書いた内容でした。

書き込み有難うございました。

Re[1]:お名前間違えてごめんなさい

 Nariponさんごめんなさい。おっ師匠さんもアナウンサーなのによく読み違い、トチリ多かったですけど・・・。
 音源持っている方沢山いらっしゃるみたいですよ何とかならないかなっていつも思ってるんですけど三人の息子さんへの贈り物として。
 

Re[2]:お名前間違えてごめんなさい(07/13)

ナカナカナンカァさん
> Nariponさんごめんなさい。おっ師匠さんもアナウンサーなのによく読み違い、トチリ多かったですけど・・・。

う~む、言い訳が鋭いから許してあげます(笑)

> 音源持っている方沢山いらっしゃるみたいですよ何とかならないかなっていつも思ってるんですけど三人の息子さんへの贈り物として。

息子さんも大事だけど、おいらも欲しい。

Re[3]:お名前間違えてごめんなさい(07/13)

Nariponさん
>息子さんも大事だけど、おいらも欲しい。
----
 勿論喜んでお送りします。
どう連絡取ったらいいんでしょうか?メルアド貼り付けてもいいんでしょうか?

Re[4]:お名前間違えてごめんなさい(07/13)

ナカナカナンカァさん
> 勿論喜んでお送りします。
>どう連絡取ったらいいんでしょうか?メルアド貼り付けてもいいんでしょうか?

それは、是非甘えたいお話ですね。
で、連絡方法は、トップページの左下にあるMailのメッセージを送るをクリックで
試してみてください。

さて 

林美夫さんの最後の記憶(画像)は確かTBSの「、、AV天国(いわゆるえび天)」で友人が出演すると言うので録画した中に彼が「アナウンス室室長(確か)」という肩書きで出演していたのを見たのが最後でした。
今度テープを捜してみます。

Re:さて (07/13)

ざんぶろんぞさん
>「アナウンス室室長(確か)」という肩書きで出演していたのを見たのが最後でした。

室長か副だったか忘れましたが、アナウンス部の管理職だったことは確かです。

>今度テープを捜してみます。

見つかるといいですね。

林美雄氏の記事は、こういう風に時々立ち寄ってくれる方がいて本当に嬉しいです。

線香を上げさせてください

はじめまして。。。
数ヶ月前に検索でこちらのブログを知り読ませて頂きました。
今日の命日に是非1本線香を上げさせてください。
林さん、いやミドリブタさん安らかに。。。

Re:線香を上げさせてください(07/13)

通りすがりさん
>はじめまして。。。

どうもようこそ、今は事情があって休んでいますが・・・

>今日の命日に是非1本線香を上げさせてください。

いやぁ、そういわれると嬉しいです。
故人も喜んでいると思います(って私も別に関係者じゃありませんが・・・(^_^))

>林さん、いやミドリブタさん安らかに。。。

モクモクやりながら、ねーちゃんを侍らせて、競輪でもやってそうですね(笑)

Re:続々・林美雄を忘れない~それは小林千絵ちゃんのお陰だった~(07/13)

久し振りに、林美雄さんの思い出をたずねて、ここに来ました。

「月夜の豚は恥ずかしい ずんぐり影が映ってる」

今年のコメントが無くて淋しいので、書き込ませていただきます。

大人になりかけの頃、林さんに出会えたことに感謝。

Re[1]:続々・林美雄を忘れない~それは小林千絵ちゃんのお陰だった~(07/13)

おボーさん
>大人になりかけの頃、林さんに出会えたことに感謝。

私もその一人ですが、そういう言い方をする人は多いですよね。
昨今のガキ達を見ていると特に思うところが多いです。

この前、ポールモーリアが亡くなって、久々にシバの女王を聴いてみましたが、
あれってナチ・チャコのエンディングに使われていて、
あれが終わると時報とともに、ブッブーとミドリブタ登場だったんですよね。
なんか思い出に浸って何度も聴いてしまいました。
プロフィール

makola

Author:makola
ペンをパンにかえることを夢見た青年は、電話を手にした相場師に・・・
在る時、相場師20年のストレスで心筋梗塞を発症、死の淵をさ迷う。
以来穢土を離れ厭離庵に棲む。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。