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涙そうそう~ヴァージンロードを歩く新婦の父親~

それはナリタタイシンが皐月賞で勝った日だった。
上智大学のキャンパスで、イヤフォンを耳にナリポンは声には出さず、右手でガッツポーズ。
一番人気のウイニングチケットが4着に沈み、ナリタタイシン→ビワハヤヒデの2,3番人気の
組み合わせで、約13倍の馬券。
普段は、多点買いで有名な(笑)ナリポンも馬名の関係であの時は、絞り込んでの的中。

調べてみたら1993年4月18日のことだった。

その皐月賞が終了してからほどなくだった。

私の飲みダチだったR子ちゃんの結婚式が、新郎の出身大学である上智大学の聖イグナチオ教会で挙行された。
本来は、4月の下旬に執り行われる筈だった式が、‘ある事情’の為に前倒しになったのだ。

その事情とは新婦の父親の健康状態だった。
癌に冒され末期段階にあった父親の主治医にこう言われたのだ。

「当初の予定日では微妙なので、出来るなら式を早めた方が良いでしょう」

その事情については、日程の変更の時にR子ちゃんから聞かされていた。

式の前に控え室で、椅子に座ったお父さんを見かけたが、その横には車椅子があった。

教会に移動し着席し、新郎・新婦の入堂を待った。

新郎に続き、新婦が入場。
なんとあの病気の父親が新婦の横に・・・

しっかりと娘と腕を組みゆっくりとゆっくりとヴァージンロードを歩いてくる。
よく見ると、エスコートするべき父親を娘が腕で支えるようにしている。
そもそもかなりの美人である新婦は、これまた一世一代のメイクアップ、レースのヴェールで美しい。

ただそれ以上に良い顔をしていたのは隣の父親だ。
緊張してしまう舞台にしては、実に穏やかで晴れがましい顔だ。
その顔を目にしていたら、私は思わず胸がいっぱいになってしまった。

無事に仕事を終え着席した父親の横顔は、満足感に満ちているように見えた。

『もう思い残す事はない』
言い過ぎかも知れないがそんな表情にも見えた。

R子ちゃんと飲んでいて、「もう一軒行こう」と誘うと時々
「今日はダメ、帰る」と言いながら、両手を眉にやり、その後人差し指で角の仕草をすることが
あった。

30歳の娘の帰りが遅い日が続くと、眉毛が太い父親は直ぐに鬼の形相になったらしい。
元気だった頃の顔は俳優の高松英郎に似ているとも言っていたような気がする。

ただし、私が実際にあの式で一度だけ見た彼の顔は、既に病魔に侵されそんなイメージとは
かけ離れたものだった。

残念ながら主治医の見立ては正しかった。
当初の予定された式の日を前に父親は逝ったのだ。

私はいまでもあのヴァージンロードを歩いていた父親の顔を覚えている。
一人娘の新婦の父親として、残された生が限りなく少ない死を前にした人間として、
‘最後の仕事’を一所懸命に遂げようとする強い意志、或いはその‘最後の仕事’に間に合った
喜びが顔に溢れていたからだ。

人妻になったR子ちゃんとも、時々飲みに行った。
何度か「あの時のオヤジさんは感動的だった」と私が熱く語っても、
「そうだよね~」と意外に気がない。

照れてそう言っているのかも知れないが、父親の真横に居た彼女は、あの‘素晴らしい顔’を直接
見ることが出来なかったせいかも知れない。

あれから12年、彼女は年下のダンナをしっかりとお尻に敷き(たぶん)、2児の母親をやっている。

そうそう、母親になった時、私に
「人妻とは飲みに行けても母親とは飲みに行けない」と言われたそうだ。




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プロフィール

makola

Author:makola
ペンをパンにかえることを夢見た青年は、電話を手にした相場師に・・・
在る時、相場師20年のストレスで心筋梗塞を発症、死の淵をさ迷う。
以来穢土を離れ厭離庵に棲む。

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